倍賞千恵子さん

は、妹の倍賞美津子さんとともに長く芸能界で活躍されています。

「男はつらいよ」の渥美清さんの妹役「さくら」の演技が印象的ですが、歌手としても活躍されていました。

そんな倍賞千恵子さんの若い頃を画像を中心に振り返ります

倍賞千恵子 下町の太陽

倍賞千恵子さんのプロフィール

倍賞千恵子

  • 生年月日 1941年6月29日(78歳)
  • 出生地 東京都豊島区西巣鴨
  • 配偶者 小六禮次郎
  • 著名な家族 倍賞美津子(妹)
  • 身長159センチ
  • 北区立紅葉中学校(現在の北区立滝野川紅葉中学校)

倍賞千恵子さんは豊島区西巣鴨で生まれました。

父は都電の運転士、母は車掌でした。

倍賞千恵子さんの父:倍賞美悦さんは秋田県鹿角郡の出身で、中学のとき東京に出て、数え年15のとき少年車掌の試験を受け合格しました。

母:青木はなさんは茨城県真壁郡大和村(現:桜川市)出身。母も小学校卒業後、東京で女子車掌となり美悦と知り合い結婚しました。

幼少時から歌がうまく、「のど自慢」荒らしとして知られ、みすず児童合唱団を経て、1957年、松竹音楽舞踊学校に入学。

1960年、同校を首席で卒業し、松竹歌劇団(SKD)13期生として入団、若くして「逸材」と注目されました。

倍賞千恵子

倍賞千恵子

倍賞千恵子さん、松竹映画でデビュー

1961年、松竹映画にスカウトされ松竹歌劇団を退団し、『斑女』(中村登監督)で映画デビューします。

倍賞千恵子 斑女

1963年、山田洋次監督の映画『下町の太陽』に主演して以降、山田作品に欠かせない庶民派女優となります。

倍賞千恵子 下町の太陽

倍賞千恵子 下町の太陽

1963年に『下町の太陽』で歌手としてもデビューし、第4回日本レコード大賞新人賞を受賞。NHK紅白歌合戦にも4年連続出場しました。

倍賞千恵子 下町の太陽








1965年「さよならはダンスの後に」が大ヒット

さよならはダンスの後に

この曲は発売後1年で150万枚を売り上げました。

倍賞千恵子さんの若い頃、山田洋次作品の常連に

倍賞千恵子 男はつらいよ

映画『男はつらいよ』シリーズでは渥美清演じる主人公、車寅次郎の妹さくら役を演じ、大人気となりました。

倍賞千恵子 男はつらいよ

倍賞千恵子 男はつらいよ倍賞千恵子 沢田研二 男はつらいよ倍賞千恵子 沢田研二 男はつらいよ

倍賞千恵子さんの若い頃、山田洋次監督との作品は60本以上

『男はつらいよ』シリーズだけでなく、山田洋次監督の多くの作品に、主演・準主演で出演しています。

倍賞千恵子さんの若い頃、1981年「駅(STATION)」では高倉健さんと共演

高倉健さんと恋仲になる、居酒屋のおかみを演じています。八代亜紀さんの「舟歌」が流れていました・・・

高倉健 倍賞千恵子

高倉健 倍賞千恵子高倉健 倍賞千恵子

倍賞千恵子さんの若い頃、「ハウルの動く城」で声優に

2004年には、宮崎駿監督のアニメ映画『ハウルの動く城』ではヒロインであるソフィーの声を担当し、主題歌『世界の約束』を歌っています。

ハウルの動く城

 

倍賞千恵子さんの若い頃、コント番組にも挑戦

長年、松竹専属の映画女優で、テレビ出演は少なかったのですが、フジテレビのコント番組『志村けんのだいじょうぶだぁ』に出演したときには『男はつらいよ』のパロディを演じて大うけしています・・・

倍賞千恵子さんの若い頃、まとめ

倍賞千恵子さん

の若い頃の活躍を画像を中心に振り返ってみました。「男はつらいよ」のさくらのイメージしかなかったのですが、圧倒的な歌唱力で、いい曲もたくさん発見できました。

「さよならはダンスの後に」は、古さを感じさせない名曲ですが、1965年の作品なんですね。50年以上前ですね・・・

倍賞千恵子さんの最近の活躍も調べてみたいと思います。

倍賞千恵子