「キングオブコント2017」で優勝したことを機に、東京進出。今やテレビで見ない日はないほど、売れっ子の『かまいたち』濱家隆一さん。
そんな濱家隆一さんは大学に進学していたのか?気になったので調べてみました。
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かまいたち濱家隆一のプロフィール
- 本名:濱家 隆一
- 生年月日:1983年11月6日(38歳)
- 出身地:大阪府大阪市東淀川区
- 血液型:B型
- 身長:187 cm
- 股下:75 cm
- 体重:80kg
- 大阪市立豊里小学校
- 大阪市立東淀中学校
- 大阪府立茨木東高等学校卒業
- NSC大阪校26期
かまいたち濱家の幼少期は極貧生活だった・・・
濱家さんは大阪市東淀川区で生まれお姉さんと4人家族でしたが
父親に問題があったせいで濱家さんが幼少期に両親が離婚・・・母子家庭で育ちました
母子家庭だったこともあり生活は苦しかったようです
住んでいたアパートはボロボロで傾いていたそうです。
母親はパートを掛け持ちで働いていましたが生活は苦しく食べるものも満足になかったそうで
衣服は、姉のお下がりの服を夏は長袖の服を切って半袖に縫い直し、冬になったら継ぎ目の分からないよう縫い合わせるなど、貧乏ながらも母親が事細かに気遣ってくれたそうです。
遊び道具も持っていなかったので白い紙で遊んでいたそうで
ずっと1枚の紙で落書きして。スペースなくなったと思って裏返して、また埋まって裏返したら、さっきまで描いててもうスペースないと思っても、またスペースが見つかるんですよね。またそこにバーッと描いて、もう描くとこないやろって裏返すと、こっちよりもまだあるなって無限にスペース見つかるんですよ。隣の芝生は青いじゃないですけど、さっきまでのヤツよりぜんぜんスペースあるな、みたいな。
出典元:kodomoe.net
濱家隆一さんが小学校の時の授業で、太平洋戦争時代の庶民の暮らしぶりを学ぶというテーマで作った料理がすいとんで、「普段普通に食べてるものやから…」と思っていました。
しかし、濱家さんが11歳のときに母親が再婚、極貧生活から普通の生活ができるようになったそうです。
育った地域は大阪市の北にあり新大阪駅に近いエリアの東淀川区は下町として活気のあるところで
地元の豊里小学校、東淀中学から高校は公立の茨木東高等学校へ進学しました
濱家さん、中学時代は極悪ヤンキーだった!
濱家さんの中学時代はヤンキーで荒れていたようで、母親は度々学校に呼び出されていたようです。
当時は「東淀川の毒蛇」と呼ばれていました!
この濱家さん学生時代に出会ってたら100%恋してた pic.twitter.com/lLeWFdE21D
— 真水 (@mamizudesune) February 7, 2021
実際にはそれほど悪いことをすることはなくヤンチャではありましたが暴走族に入るようなこともありませんでした
小学生の時から野球をしたかった濱家さんは中学高校と野球部で活躍
高校時代はピッチャーでキャプテンも務めていました。
しかしそれほど強い野球部ではなかったようですね。
カーブが曲がらずフィールディングも良くなかったので二番手のピッチャーだったそうです。
濱家さん、甲子園で初バイト
甲子園の売り子のバイトをやりましたが夏の高校野球のときでスタジアムは学生ばかりだったことと、人見知りが激しくで一日で1000円しか販売できませんでした。
かまいたち濱家、大学進学せずにお笑いの道へ進むことに
お笑いの道に進みたかった濱家さんでしたが、NSCに入るために
居酒屋つぼ八でバイトをすることにしました。
料理にも興味があったので、目一杯バイトでがんばって月に20から25万円の収入があったそうです。
NSCで山内さんと出会い、コンビ結成
NSC大阪校へ26期生として入学、山内健一さんも同期で入学していましたが、極度のあがり症のためかなかなか実力を発揮することができず一年間Cクラスで過ごしていました。
濱家さんはAクラスに入学、優秀なクラスだったので授業料が免除で現役の芸人にネタ見せもできるなど優遇されていました。
そして同期でCクラスだった山内健一さんとNSC卒業後に『かまいたち』を結成することになりました。
今や人気実力ともに大ブレイクの『かまいたち』の濱家さんですが、大学に進学することはなかったのですが、若い頃の経験が芸能人としての活動にぷらすになっているようですね。
ユーチュブチャンネルも好調でこれからも大活躍してくれそうです。
山内健一さんの大学時代については別にまとめていますのでご覧ください