毎年3月、卒業の季節になると思い出すことがある。

もう20年以上も前のこと。当時出会ったある女性から聞いた、彼女の子供時代の体験談だ。

彼女のお父さんはサラリーマンで、いわゆる転勤族。それもかなり頻繁に転勤を余儀なくされていたようで、彼女は小学校6年間の間、なんと十数回も転校をしたそうなのだ。

だから、1つの学年で2回、多いときで3回もである。それを聞いて、”なんと大変なことだったろう”と他人事ながら、胸が痛くなった。

だから、彼女に率直に「それは大変だったね。」と言うと、意外な答えが返ってきた。

「ううん。別に全然、大変じゃなかったよ。」と言うのである。

話を聞いてみると、彼女は”あまり友達と仲良くなりすぎない”という方法を子どもながらに編み出して、その小学校時代をやり過ごしてきたそうだ。

きっと、その時の、子どもだった彼女の精一杯の処世術だったのだろう。

つまり、”友達と仲良くなりすぎない”ことで、別れの時の悲しみをできるだけ少なくしていたのではないか。

なんて健気で、なんて幼気で、その時の彼女の気持ちを思うと涙が溢れてきた。

ただ、そうやって、小学生時代を乗り切ってきたからか、大人になっても、あまり人と友情や愛情を深めることができないという悩みも打ち明けてくれた。

人は人といつかは別れる。

それが、彼女の小学生時代ほど頻繁なのは稀かもしれないが、子どもも成長する段階で、卒園、卒業を何度か繰り返すもの。

大人になってからも、転勤、退職を経験するかもしれないし、恋愛にも別れがある。結婚しても離婚することだってあるし、子どもを産んで育てても、子どもも巣立ちの時が来る。

そして、誰かと共に生きていても、死という究極の別れが来るのだ。

ならば、どうせ別れが来るのなら、誰かと一緒に過ごしている時くらい、思い切り仲良くなって、思い切りその関係を深めればいい。

たとえ別れが来たとしても、「寂しいよ。悲しいよ。」と思い切り泣けばいい。

人は人との別れを避けて生きていくことなどできないのだ。

もし、私がその当時の小学生時代の彼女に出会えたなら、側で「友達と別れるのは寂しいね。悲しいね。」と言ってあげたい。そして、一緒に泣いてあげたい。

それができたなら、彼女は何度も別れを繰り返そうと、新しい友だちと出会う度に、怖れずに友情を深めることができただろう。

新しい出会いにいつも期待を膨らませることができただろう。

 

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