家族と暮せど孤独な母

私の母は今、85歳。3年前に父が亡くなり母ひとりになった途端、急に母は弱ってしまった。

母は私の兄の家族と2世帯住宅に暮らしている。母たちの2世帯住宅は、一軒家の右と左に世帯が別れ、玄関も2つあるのだが、室内の1つのドアでつながっている。と言っても寝食は一切、別々で、父が亡くなって母1人になっても、兄たちとは一緒に食事を摂るという生活はしていない。

娘の私は、その家から車で30分ほど離れた場所に住んでいる。

父が死んでから母は、めっきり足腰が弱くなってしまい、脊柱菅狭窄症のため、両ヒザから下は痺れて、歩くのも杖でやっとという状態になってしまった。それからと言うもの、母はたまに私に電話を掛けてきては、「寂しい」「今日も誰とも喋らなかった」などと愚痴をこぼすようになった。兄嫁が話しかけてもくれず、全くコミュニケーションを取ろうとしないそうなのだ。

私も母の話しを聞くうちに、だんだんと兄嫁に対し、怒りと憎しみが沸いて来て、かと言って、私が一緒に住んであげることもできず、(私の家はエレベーターの無いマンションの5階で、そこに夫と娘の3人暮らし)ずっと歯がゆい思いをしながら、母を見守っていた。



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突然の骨折、入院、手術

そんな中、今年の5月に突然、母から電話が掛かってきて、腰がすごく痛い、座ったり立ったりすることができないと言うのだ。私は何か嫌な予感がして、すぐに母の家に駆けつけて、母を病院に連れて行った。病院でレントゲンやCTを取った結果、腰の骨が折れていた。どうやら、いつのまにか骨折していたというわけだ。

あれよあれよという間に入院、手術という流れになって、折角、要介護1という認定が下り、これからデイケアセンターに通所しようとしていた矢先だっただけに、残念な事になってしまった。

その何ヶ月か前に、母があんまり寂しいと言うので、それならと、私が母の家の近所のケアマネージャーさんに連絡を取り、面談をし、介護認定を受けデイケアセンターを見学し、申請という流れをほとんど勢いでやった私と母。

通所リハビリテーション(デイケア)に通うために介護保険申請をした母

それが、お嫁さんへの怒りからなのか、急に弱ってしまった母を見た切なさからなのか、私が側にいて色々としてあげられない歯がゆさからなのか、今思い返しても、自分でも信じられないほど行動力だった。

入院、手術と辛い思いをした母だったが、何とかリハビリを頑張って、約1ヶ月で退院という運びになった。

初めてのデイケアセンター

杖を付けば歩けるようになった母は、すぐにデイケアに通う様になり、最初こそ、初めてで知らない人がいっぱいいる所に行くのに戸惑っていたが、1ヶ月、2ヶ月と通ううちには大分慣れて、手芸を楽しんだり、仲の良いお友達の話しをうれしそうにしたりして、見ていてとても楽しそうにしていた。

デイケアセンターというのは、なるほどお年寄りにはとにかく至れり尽くせりで、お風呂には入れてくれるわ、リハビリをしてくれるわ、カラオケはできるわ、美味しい給食は出るわ、季節ごとにちょっとしたイベントはあるわで、話しを聞くと、まるで大人の幼稚園のような世界が繰り広げられているようなのだ。

家でほとんど誰とも話さなかった母が、寂しいと愚痴ばかりこぼしていた母の生活が、にわかに湧き立ってきたようで、とても嬉しかった。

週に一回、病院に付きそうために母のもとへ訪れると、毎回、毎回、デイケアでの楽しい話しをしてくれ、私はそれを微笑ましく聞いてる。

本当に良かった。



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助けを求める素晴らしさ

今回の事で、介護保険やデイケア施設の大切さが痛いほど身にしみてわかった。もし、老後にこれらの助けが無かったら、今頃、母や家族はどうなっていただろう?きっと、誰にも相談できずに、自分たちだけで抱え込み、にっちもさっちも行かなくなっていただろう。

聞いた話だが、一人暮らしのお年寄りで、介護保険の存在すら知らない人も少なくないそうだ。もし、今、1人で困っているお年寄りや、自分たちだけで何とかしようと思っている身体の不自由なお年寄りを抱えたご家族がいたら、これだけは言いたいのです。

「自分だけで、自分たちだけで頑張ろうとせずに、色々な機関に是非、頼ってください!」

この歳になって身にしみて感じた事は、人に頼るって、良いもんだな。人に助けを求めるのも悪くはないな。という事。

人生100年時代はもう目の前にやって来てます。みんなで支え合ったり、優しさを分け合ったりして、そんな小さな幸せを感じられる世の中になるのを祈るばかりだ。

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